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そのとし
その年
宮本 百合子
「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房、1948(昭和23)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,964 字 · 28 页
「そんなに、元気にしとってか」
「元気とも! 心配するようなことはちっともありゃせん」
いかにも入営前の青年らしい声には、自分もと勇んだ気持が響いているように聞えて、お茂登はこれまで単純に頼もしさばかりで眺めて暮して来た二番息子の逞しい肩幅に、今は愛惜に似た母の心を感じるのであった。沈んだような、また安堵もした顔つきで、お茂登は広治のために布巾をかけておいた餉台の横に坐った。
「ひもじかったろう」
「ああ」
すぐ茶碗を出したわりに広治は食べなかった。眉毛をつり上げるようにして熱い白湯をすこしずつ啜りながら、
「えらいもんだなア。おっ母さん、あっちの見送人のえらいこったら! 迚も堺あたりの話じゃない」
お茂登は思わず顔をほころばした。
「そりゃそうにきまっている」
堺というのは村から半里ばかり先の支線の小駅で、源一はそこから出発したのであった。
店へ出入りする人々の口にも源一の名が屡々のぼって、お茂登は当座せわしなく暮した。広治一人になったので新しく仲仕を雇い入れた。彼女は、永年の経験から、人間は気持のもんで、ちいと仕事がえらかった時には間にパンなり買ってやれ、と、トラックに乗り込むオバオール姿の広治に注意した。