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そのとし

その年

宮本 百合子

「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房、1948(昭和23)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,964 字 · 28 页

青空文庫

広治が働きに出ている留守のとき、ガソリン申告書を調べたり、細かく算盤を置いたり、そして考えに耽っているお茂登の頬のあたりには儲けの算段ばかりでないものがあった。

そういう或る日相変らず紫インクのゴム印で隊名を捺した郵便が届いた。○○作戦に参加してと、お茂登の見当つかない地名がいくつか書かれていた。犠牲者も相当出ましたが、幸僕は行動中風邪一つ病まず元気一杯です。ハーモニカは流行歌を歌って兵隊達を慰問しています。眠い夜行軍には特に役立ちました。

眠い夜行軍には、というくだりをお茂登はくりかえして読んだ。二階の屋根へ出て源一がよく吹いていたハーモニカの澄んだ音色がくたびれた眠い闇の中に勢よく流れる様子が思いやられた。いかにもそこに源一の面影が浮ぶような懐しさであった。

出立のとき、源一は頁をやぶった日記と一緒にハーモニカも蓋のこわれた本箱へぶちこんで行った。広治がそれを見て思いつきから慰問袋へ入れてやったのであった。

大きな壊し家の運搬があって広治は徹夜で働いた晩があった。十一月のかかりで、店屋でも背戸に干大根をかけ連ねる季節である。タイヤがあやしくなったと云って、一眠りしておきた広治が車庫で修繕をはじめていた。