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そのきどをとおって

その木戸を通って

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1959(昭和34)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,448 字 · 44 页

青空文庫

他人は信じないかもしれないが、女と切れるときも、無情だったり卑怯だったりしたことはなかった。別れるときにはするだけのことをして、きれいさっぱり別れたものだ。

――本当にそうか、そうでなかった例は一度もないか、本当にか。

正四郎は考えこみ、それから、確信があるとは思えないような眼つきで、「ない」と心の中で呟いた。とすれば、訪ねて来て家にいるという女はなんだ。あの女はなに者だ、どういうわけのある女だ、おまえのなんだ。そう問い詰める田原権右衛門の声が、耳の中でがんがん響きわたるように思えた。

「平松さん」と勘定方の若侍が来て云った、「こちらの帳簿はもう済んだのでしょうか」

「ひら、――ああそうか、うん」と云って、正四郎は眼がさめたように首を振った、「それはまだ済まない、もう少し待ってくれ」

野上というその勘定方の若侍は、声をひそめて云った、「なにか御心配なことでもあるのですか」

正四郎は笑ってみせた。

「それならいいですが」と野上は云った、「下城したら石垣町の梅ノ井でお待ち申していると、村田どのからの伝言でございます」

勘定仕切が終ると、慰労の宴をするのが毎年のしきたりであった。