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そのきどをとおって

その木戸を通って

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1959(昭和34)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,448 字 · 44 页

青空文庫

食事をさせたあとで少し横にならせよう、疲れが直ったら仔細がわかるだろうから。むらがそう云うので、吉塚はその娘を妻女に任せた。

「娘はむらの云うことをすなおに聞き、食事のあとで横になると、二刻あまりもよく眠りました」と吉塚が続けて云った、「――眼がさめたので洗面をさせ、鏡台の前へ坐らせたが、自分ではなにもしようともしません、そこで妻が髪を直してやりながらいろいろ訊いたそうです」

だが娘は「正四郎に会う」ということ以外、なにも記憶していなかった。自分の家がどこにあるかも、自分の名さえもわからない。もちろん正四郎に会う目的もわかっていない、ということであった。

「おかしな話だ、くさいぞこれは」と正四郎は云った、「どこかにくさいところがある、なにかこれには裏があるぞ」

吉塚助十郎はなにも云わなかった。

「その、――」と正四郎が訊いた、「加島のともえどのが来たとき、その娘を見たということだが、どこにいたんだ」

「お庭を歩いていたようです」と吉塚が答えた、「申上げたようなわけで、追い出すということもできません、貴方がお帰りになればなにかわかるかと存じましたので」

正四郎は手をあげて遮った、「それはいい、そんなことは構わないが、――こいつはうっかりするととんだことになるぞ」