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あじさい
たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集
佐藤 春夫
佐藤春夫『たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:あじさい、幽香嬰女伝、化物屋敷、緑衣の少女、私の父が狸と格闘をした話、幽明、柱時計に噛まれた話。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,277 字 · 84 页
けれども永い間それを躊躇していた後に、再び戻って来て言った「なぜだか私の胸は恐しさで一ぱいです。お願いです、どうぞ私を扉の外まで連れて行って下さいませ。」そこで若者は立ち上って少女を扉の外まで導いて行った。少女は言った。「ここに立って居て私を見送って下さい。あの塀を曲って消えるまで家へ這入らないで下さい。」「ああいとも」若者はそう答えて、少女が家の角を廻ってしまうまで見て居た。彼の女の姿がもう見えなくなって、彼が帰ろうとした時、突然、少女の声が聞えた。高い救いを求める叫びが若者の耳を劈いた。苦痛が彼の身中を通りすぎた。大急ぎで彼はその場所へ急いだ。しかし、そこには、いかに見廻しても、人間の足跡さえ見出すことが出来なかった。叫び声は家の庇の下から洩れて来るのであった。彼がそれをよく見定めようとして頭を挙げるとそこにはちょうど弾丸ほどの大きさの蜘蛛が、一匹の虫を捕えようと身構えているのであった。叫び声は悲しげにひびいてもう消え入ろうとしていた。彼は網を引きさいて、その小さい生物を手に取ると、そのからだに巻きついていた糸から放してやった。それは一匹の青銅色をした蜂が力も抜けて落ち入ろうとしているのであった。