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あじさい

たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集

佐藤 春夫

佐藤春夫『たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:あじさい、幽香嬰女伝、化物屋敷、緑衣の少女、私の父が狸と格闘をした話、幽明、柱時計に噛まれた話。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,277 字 · 84 页

青空文庫

「そうですか、実はせがれは山登りに出て遭難をして今に生死不明なものですから、もしや、東京にいたのかという気がしまして」

「はい、それはそれは、ご心配さまで」

調律師は口先ではそんな事を云いながら、専念にキイを緊めながら時々ポンポンとキイをたたき最後にはつづけて三つ四つたたいてから、

「いかがでしょうか。こんな事では」

と、もう一度三つ四つつづけさまにたたいてみせた。

「さあ、わたしにはとんとわかりませんがよろしいでしょう」

調律師は来る時、途中の人々から、あたりには何もないだだっぴろい住み荒した一軒家の広いお屋敷だと聞いて辿りついたのが聞きしにまさる広大と聞きしにまさる荒廃とを今さら怪みおどろきながら雑草の茂るにまかした門前の路に人の住むこの宏壮な廃屋をふりかえりふりかえり帰って行った。

その夜ポスのいつにない気味の悪いながなきに目をさました老夫人は枕もとの灯をともして、ふともぬけのからになっている閣下の寝床を見つけた。そうしてはばかりに立つと廊下に出て、人げのないはずの部屋のあたりから話声が洩れているのを聞いて、懐中電燈をたよりに人声の方へ行ってみるとそこは太郎の出征以来全く使われていない一番奥まった一室のなかからの話声は主人のひとり言のようであった。