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ばちあたり

ばちあたり

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页

青空文庫

啓三が姉といっしょにはいって来た。姉は私の前のシートに坐り、啓三はスーツ・ケースを網棚にあげ、窓を下一段だけあけて、私の隣りに坐った。

「喪服を持って来たんで重くなっちゃったの」と姉はマフラーをとって啓三に渡しながら、誰にともなく云った、「啓ちゃんこれもあげといて、――タクシーが来ないんで困っちゃったわ、このごろはそうでもないような者まで車に乗るのね、空き車なんて十台に一台もありゃあしない、出るたんびに、あら、タバコをどうしたかしら、啓ちゃんちょっと鞄をあけてみて」

マフラーを棚へあげて、腰をおろしたばかりの啓三は、いやな顔もせずにまた立ちあがった。軽薄な男であるがそれだけは取り得といえよう、人に頼まれると決していやとは云わない。小さいじぶんからの性分で、ことに親きょうだいより、他人のことのほうに精を出すので、リップ・バン・ウィンクルのようなやつだ、と父がよく云ったものであった。

「これでも三人の子持ですぜ」啓三はタバコとライターを出して渡し、鞄を元のように直して坐りながら、姉に云った、「あんたと伴れになるといつもこき使われるんだ、あんたの側にいるときまって自分が小僧にでもなったような劣等感におそわれるよ」