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みちのき

みちの記

森 鴎外

「東京新報」1890(明治23)年8月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,251 字 · 15 页

青空文庫

油屋という家に入りて憩う。信州の鯉はじめて膳に上る、果して何の祥にや。二時間眠りて、頭やや軽き心地す。次の汽車に乗ればさきに上野よりの車にて室を同うせし人々もここに乗りたり。中には百年も交りたるように親みあうも見えて、いとにがにがしき事に覚えぬ。若し方今のありさまにて、傾蓋の交はかかる所にて求むべしといわばわれ又何をかいわん。停車場は蘆葦人長の中に立てり。車のいずるにつれて、蘆の葉まばらになりて桔梗の紫なる、女郎花の黄なる、芒花の赤き、まだ深き霧の中に見ゆ。蝶一つ二つ翅重げに飛べり。車漸く進みゆくに霧晴る。夕日木梢に残りて、またここかしこなる断崖の白き処を照せり。忽虹一道ありて、近き山の麓より立てり。幅きわめて広く、山麓の人家三つ四つが程を占めたり。火点しごろ過ぎて上田に着き、上村に宿る。

十八日、上田を発す。汽車の中等室にて英吉利婦人に逢う。「カバン」の中より英文の道中記取出して読み、眼鏡かけて車窓の外の山を望み居たりしが、記中には此山三千尺とあり、見る所はあまりに低しなどいう。実に英吉利人はいずくに来ても英吉利人なりと打笑いぬ。長野にて車を下り、人力車雇いて須坂に来ぬ。