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もののかげ

ものの影

豊島 与志雄

「心」1952(昭和27)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,794 字 · 18 页

青空文庫

火はくすぶり続ける。風のある夜など、不用心きわまる。人家に飛び火して大事にならないとも限らない。

そういうこと、田中さんは一向に平気だ。一日おきぐらいに、必ず火をつける。近所の人々は、不安な眼で眺めながらも半ば気が狂ってる人だというので、注意を促がす者もない。

或る時、彦一は酒に酔っていた気紛れに、田中さんが火を燃やしてるのを見て、側へ行って一緒に燃やした。二人とも黙っていたが、時々、顔を見合して頬笑んだ。別れる時、互いに軽く会釈をした。

それから、二人は道で出逢うと、会釈し合うようになった。なんとなく親しみが出来てきたのである。

一本松の近くの雑草の中の田中さんは、ひどく淋しそうに見えた。彦一は立ち止って声をかけた。

「何をなすってるんですか。」

田中さんは無表情な顔で答えた。

「探してるんです。」

彦一も草の中にはいっていった。

「落し物ですか。」

田中さんは棒で地面を突っついた。

「この辺にある筈だが……。」

そしてなおあちこち突っついて、呟いた。

「分らん。」

諦めたように、草の中にしゃがんで、尻を落ちつけてしまった。

彦一もそこに屈みこんだ。雑草は丈高く、薄荷の匂いがして、世間から遮断された感じで、空が青く高い。