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らんのはな

らんの花

小川 未明

「真理」1936(昭和11)年6月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 4,095 字 · 9 页

青空文庫

しかし五月の半ばでしたから、木々のこずえは、生気がみなぎって光沢を帯び、明るい感じがしました。谷には、雪があって、わずかに底を流れる水の音がしたけれど、その音を聞くだけで、流れの姿は見えませんでした。そして雪の消えたがけには、ふきのとうが萌え、岩鏡の花が美しく咲いていました。

峠に立つと山の奥にも山が重なり返っていました。それらの山々は、まだ冬の眠りから醒めずにいます。この辺は終日人の影を見ないところでした。ただ、友を呼ぶ、うぐいすの声がしました。かわらひわが鳴いていました。まれに、やまばとの声がきこえてきます。

「ああ、いい薫りが……らんの香いだ!」

白い花の咲くらんのあるところへきたという喜びが、強く私を勇気づけました。しかしながら、このとき、白い雲が、谷を見下ろしながらいきました。

「花は、神さまに見せるために咲いているのだ。花を愛するなら、らんを取ってはいけない。」

私は、はっきりと雲の言葉を耳にきくことができました。けれど、私は、それに従わなかったのです。石から足を踏み外すと、谷底へ墜落して、左の手を折りました。この不具になった手をごらんください。