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アド・バルーン

アド・バルーン

織田 作之助

「新文学」1946(昭和21)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,390 字 · 53 页

青空文庫

と父の筆で書いた行灯が掛っていたのだが、二三年前から婆さんの右の手が不随になってしまったので、髪結いもよしてしまったらしい。弟の新次は満洲へ、妹のユキノと、それからその下にもう一人できた腹違いの妹は二人とも嫁づいていて、その三人の仕送りが頼りの父の暮しだと判ると、私はこの父といっしょに住んで孝行しようと思った。

父は私の躯についている薬の匂いをいやがったので、私は間もなく病院の雑役夫をよして、ある貯蓄会社の外交員になりました。貯金の宣伝は紙芝居でずいぶんやったし、それに私の経歴が経歴ですから、われながら苦笑するくらいの適任だと言えるわけですが、しかしたった一つ私の悪い癖は、生れつき言葉がぞんざいで、敬語というものが巧く使えない。それはこの話しっぷりでもいくらか判るでしょうが、丁寧な言葉を使っているかと思うと、すぐまた乱暴な言葉が出てしまう。そのため外交に廻ってても人を怒らすことが間々あった。しかし、まアくびにもならずに勤めていましたので、父はそんな私を見て安心したのか、二年後の五月には七十六歳の大往生を遂げました。落語家でしたので新聞にちいさく出たが、浜子も玉子も来なかった。