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アド・バルーン

アド・バルーン

織田 作之助

「新文学」1946(昭和21)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,390 字 · 53 页

青空文庫

死んでしまっていたかもしれない。私は禁酒会へはいってから毎月十円ずつしてきた禁酒貯金がもうそのころ千円を越していたので、それで葬式をして、父の墓を建てました。そして八月の十日には父の残した老妻と二人で高野山へ父の骨を納めに行った。昭和十六年の八月の十日、中之島公園で秋山さんと会ったあの夜から数えてまる十年後のその日を、わざと選んだ私の気持はずいぶん感傷的だったが、一つには十日といえばお盆にはいるからいいという父の老妻の言葉もあったからです。

骨箱の中にコトリと音のしていた父の骨を納めて、ほっとしてお寺を出て、中ノ院の茶店へはいると、季節はずれの古いレコードが掛っていて、どうも場違いな感じでしたが、「今日も空には軽気球……」と歌っているその声を聴くともなく聴いていると、どうやらその声が文子に似ているように思えた。が、あるいは気のせいかもしれない。べつに確めようとする気も起らなかったが、何かけたたましいような、そしてまたもの哀しいようなその歌を聴いていると、やはり十年前のことが想いだされた。それは遠い想いだった。が、現在の自分を振り返ってみても、別に出世双六と騒がれるほどの出世ではない。