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アンゴウ

アンゴウ

坂口 安吾

「サロン別冊 特選小説集・第二輯」1948(昭和23)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,249 字 · 23 页

青空文庫

そのうちに、矢島はふと気がついた。出征するまで、タカ子はいつも矢島の左側に寄りそってきた。新婚のころの甘い追憶がタカ子に残り、ひとつの習性をなしているのだ。

夜ふけて矢島が机に向い読書にふけっている。タカ子が寄りそう。矢島は読書の手をやすめて、タカ子にくちづけをしてやる。そして、くすぐったり、キャア/\笑いさざめいて、たあいもない新婚の日夜を明け暮れしたが、当時から、タカ子は必ず矢島の左側に寄り添うのであった。寝室でも、タカ子はいつも良人の左側に自分の枕を用意した。

新婚は、新しい世界をひらいてくれる。矢島はタカ子がひらいてくれた女の世界を賞玩した。時には、好奇し、探究慾を起しもした。そういう新しい好奇の世界で、タカ子がいつも左側へ寄りそい、左側へねる、ハンで捺したように狂いのないその習性について思いめぐらしてみたものだ。本能である筈はない。古来からのシキタリがあり、タカ子はそれを教えられており、自分だけが知らないのかとも考えたが、二十年ちかくも史書に親しんでそれらしい故実を読んだこともないから、たぶんそうでもないのだろう。

してみると、男の右手が愛撫の手というわけであろうか。