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アンゴウ

アンゴウ

坂口 安吾

「サロン別冊 特選小説集・第二輯」1948(昭和23)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,249 字 · 23 页

青空文庫

二束三文に売り払った始末で、神尾が生きて帰ったら、さだめし悲しい思いを致すでしょうと一時は案じたほどでした」

「欲しい人には貴重な書物ばかりでしたのに、まとめて古本屋へお売りでしたか」

「近所の小さな古本屋へまとめて売ってしまったのです。あまりの安値で、お金がほしいとは思いませんけど、あれほど書物を愛していた主人の思いのこもった物をと思いますと、身をきられるようでしたの」

「然し、焼けだされる前に疎開なさって、賢明でしたね」

「それだけは幸せでした。出征と同時に疎開しましたから、二十年の二月のことで、まだ東京には大空襲のない時でしたの」

してみれば、神尾の蔵書が魚紋書館の同僚の手に渡ったという事もない。あの暗号の七月五日は十九年に限られており、その筆者はタカ子以外に誰がいるというのだろうか。

その本のなかに、変な暗号めくものがありましたが、と何気なくきりだしたいと思ったが、堅く改まるに相違ないからどうしても言いだせない。目のある人間はこんな時には都合の悪いものであると矢島は思った。

すると本を改めていた神尾夫人がふと顔をあげて、

「でも、妙ですわね。たしかこの本はこちらへ持って来ているように思いますけど。