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アンドロギュノスのちすじ

アンドロギュノスの裔

渡辺 温

渡辺温『アンドロギュノスの裔』。同一底本的分册已合并为一书。收入:アンドロギュノスの裔、可哀相な姉、或る母の話、父を失う話、花嫁の訂正、イワンとイワンの兄、恋、勝敗、少女、シルクハット、嘘、象牙の牌、兵隊の死、ああ華族様だよ と私は嘘を吐くのであった、遺書に就て、赤い煙突、風船美人、四月馬鹿、十年後の映画界、浪漫趣味者として。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,168 字 · 267 页

青空文庫

その後、彼女は屡彼の姿を気にとめて見かけるようになった。そしてやがて、彼がその自動車会社の技師で浅原礼介と云う名であることや、またこの頃自動車の発動機に就いて、何か新発明を完成させて、相当嘱望されていることなどを知った。

土用に入って最初の夕立がした。恰度退勤時刻だったが、雨支度がなかったので、智子は事務室に居残って、為事の余分を続けながら、晴れ間を待っていた。日が暮れ落ちても雨脚は弱らなかった。それで、待ちあぐんで、兎も角建物の玄関迄出て見た。通りがかりのタクシィでもあればと考えたのだが、そんな裏町を退勤時刻過ぎて通り合わせる車は滅多になかった。近所の自動車屋へ電話をかけてみると、生憎みんな出払っていた。

智子は途方に暮れたまま、青白い街燈の中に銀色に光る逞しい雨の条を眺めていた。

すると、其処へ彼女の背後から靴音をさせて浅原が出て来た。浅原は、雨だれに向ってしょんぼり佇んでいる智子の姿を一瞥して、鳥渡躊躇したらしく、立ち止まりながら暗いひさしの外を仰いだが、さて上衣の襟を立てると、人道を横切って、そのむこう側に着けてあった小さな二人乗箱型の自動車の扉をあけてそれへ乗った。