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クリティシズムとにんしきろんとのかんけい
クリティシズムと認識論との関係
戸坂 潤
「学芸」1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,091 字 · 50 页
機構によって成り立っているのだ*。
* 所謂天才は、カントがこの言葉を最も特徴的に用いた処によると、悟性的な有能さではなくて感性的な有能さであった。それはアンシクロペディストのクリティシズム的悟性能力からは割合離れた観念だ。批評主義者のカントが天才を一種の芸術的官能に制限したのは、甚だ首尾一貫している。個々の芸術領域の守護神がジェニーである。アンシクロペディストとクリティシズムとにとっては、守護神は一寸見つからないかも知れない。前に触れた創作と批評とのギャップがここにも現われる。
時に、クリティシズムの骨肉をなすこの組織や枢軸なるものは、感性理論(エステーティク――そこから美学という意味が出た)としての哲学によって現わされている。そう云う他、恐らく考えようはあるまい。クリティシズムの対象が単なる感性的なるものではなく、もっと悟性的な反省物の所産(例えば科学や哲学の如き)であっても、大体に於てこの点変更を必要としない。クリティシズムから見れば、一切の批評対象が、何等かの感受から始まる。印象から始まるのである。批評は凡て印象批評として始まる。科学的理論についても、この際必要なのはそれに対する一種の感覚や直覚である(範疇的直観という言葉をかりて所謂感性的な感性から区別してもいい)。