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シナーニしょてんのベンチ
シナーニ書店のベンチ
宮本 百合子
「文芸春秋」1928(昭和3)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,387 字 · 15 页
厳寒で、全市は真白だ。屋根。屋根。その上のアンテナ。すべて凍って白い。大気は、かっちり燦いて市街をとりかこんだ。モスクワ第一大学の建物は黄色だ。
我々は、古本屋の半地下室から出た。『戦争と平和』の絵入本二冊十五ルーブリ。
大学の壁にビラが貼ってある。各劇場の今週間の番組。曲芸師ケファロの横顔――
ほとんど通り過ぎかけて、私は俄に声を出して云った。「園がある、園が」ビラの一つに、「園」という大活字がたしかに見えた――
「――園? 何さ」
「桜の園じゃない?」
私のロシア語は、一瞬にいくつもの文字を視神経で捕え得るほど、まだ発達してはいないのである。私の日本からの道伴れは、彼女の肩をふってビラの前へ戻って行った。
「本当に――そうだ」
「何処?――大劇場……芸術座じゃあないのね、どうしてだろう」
「これは、特別興行だな。ホラ、たった一日だけ演るんだもの、一時に大勢に観せてしまおうというわけなんだろ」
こんな問答をしている二人の日本女を、皮帽をかぶった少年が傍に立って好奇心を面に表し、眺めている。
私共は芝居広場へ行って見た。我々は久しい前から、このビラの出るのを待っていた。