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シナーニしょてんのベンチ
シナーニ書店のベンチ
宮本 百合子
「文芸春秋」1928(昭和3)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,387 字 · 15 页
――音楽を! ロパーヒンのために音楽を!
――トラッタ! トラッタ!
――可愛い母様、新しい生活を始めましょう、ね、新しい生活――
余儀ない事情によったロパーヒンとラネフスカヤとの関係、行動、その行動を縫い、貫くロシアの魂の感銘。生活……生活……。
幕合いに時間がかかって、最後の幕は大分晩く下りた。たちまち平土間はがら空きになった。一番遅い見物人の一列が、その間をゆるゆると出口に向って動いている。アムフィテアトルのところは暗い。そこに、ぽつりぽつり、若くない女が残っていた。彼等は動かない。薄暗い中で、座席から立ちかね、感情に捕われている。彼等は、何等かの意味で自分達の桜の園を持っていた。そして今はそれを失った人々だ。ロシアに現在そういう人も多い。――
我々は閉めかけた場内の売店で、燻肉ののったパンをたべ茶を飲んだ。椅子が逆にテーブルの上にのっている。コップでレモンの輪が黄いろい。
この演出に、我々はクニッペルやスタニスラフスキー、カチャロフその他昔から深い繋りを作品と持っていた俳優が出演するだろうと思っていた。ところが、クニッペルは出なかった。