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ズラかったしんきち
ズラかった信吉
宮本 百合子
「改造」1931(昭和6)年7~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页
蠅とラジオの音楽とがある。
肩幅のある鍛冶部の連中が所持品棚から手付コップをもってやって来た。ソヴェト同盟では、高熱作業や有害ガスの立つ作業をやる労働者は、組合の労働保護費で毎日牛乳を支給されてるんだ。
手に手にコップつき出して台の前へ列になった。
「そーら、お母ちゃん、牛乳おくれ!」
白い上被を着て白い布で頭を包んだ係りの女が、
「今日は、半コップだよ」
牛乳罐から杓子で、こぼさないようにコップへ分けた。
「――何故ね」
「牛乳組合で足りなかったんだヨ」
「……豪気なことんなりゃがったね!」
みんなは、渡される手付コップの中に半分だけ入ってる牛乳を眺めちょっとゆすぶって見、それからそこに立ったまんま、或はベンチにかけて、ユッくり注意ぶかく飲んだ。
飲むと、手の甲で口の端を拭き、
「ドレ……」
立ってった。
互同士の間でも、連中は牛乳の足りないことについちゃ、悪態もつかなかったし愚痴もこぼさない。ただいつもより喋らなかっただけだ。
ジッと見ていて、信吉は思わず自分もシッカリ立ち上った。
裏の広っぱではギラギラ光る碧い空へ向って起重機の黒い動かない腕が突出てる。