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トコヨゴヨミ
トコヨゴヨミ
田山 花袋
「早稲田文学」1914(大正3)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,449 字 · 38 页
していた。一度其処を訪問して見ようと思ったがまア印刷が出来上ってからと思って、途中まで行ったのを引かえして戻って来た。「千枚で五十三円、二十円位で出来ると思っていたのに……大分の違いだ。」こんなことを思って、かれは歩きながら貯金を腹の中で勘定したしりた。「二月、三月はまア好いが、そうかと言って、女房と子供をかかえて遊んでなんかいられない。」かれは蕎麦屋にも入らずに、飢えた腹を抱えて裏店の狭い自分の宅に帰って来た。
印刷は何うもはかどらなかった。二十日でも、もう遅いと思っているのに、二十一日になっても、まだその暦は出来て来なかった。催促に行くと、「何うも廻すところが旨く行きませんでな。」などと言って主人はその半分出来かかったものを持って来て見せた。成るほど旨く廻らなかった。「もう少し厚い紙にしなけりゃ駄目だ。」などと言った。周囲の意匠はかなりによく出来ていた。四季の花卉が四隅に小さく輪廓を取って書いてあった。「明日までには是非拵えて下さい。でないと困るんですから。」こう強く頼んで、勇吉は其処から帰って来た。イヤに曇った寒い日で、近所の工場の煤烟が低くあたりにむせるように靡いて来ていた。