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トコヨゴヨミ

トコヨゴヨミ

田山 花袋

「早稲田文学」1914(大正3)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,449 字 · 38 页

青空文庫

家に帰ると、妻は不愉快な心配そうな顔をして坐っていた。

突然、

「貴方、また来たよ。」

勇吉はゾッとした。「え? 来た?」

漸く免れた危機に再び迫られて来たような戦慄を勇吉は覚えた。勇吉は棒のように其処に立っていた。

「矢張、駄目ですね。」

妻は失望したように言った。今から一時間ほど前、巡査が入って来て、「お前は北海道から来たのか。」と訊いた。「士別の近所にいたんだな。」こう言ってつづいていろいろなことを訊いた。Socialist の取扱を受けていたということをちゃんと巡査は知っていた。イヤなことを種々言ってまた其中主人のいる時来ると言って帰って行った。

「何うしても駄目かね。」

勇吉は黙って暗い顔をしていた。東京に行けばそのイヤな監視を遁れることが出来ると思って、それを唯一の希望にして来たのであった。しかしそれも空頼であった。こうした弱い者を酷める社会の残酷さが、染々と痛感されて来た。勇吉は恐ろしくなって体を震わした。

「お前のように気にしたって仕方がないじゃないか。わるいこともしないのに、向うで勝手について来るんだから仕方がないじゃないか。」

こうたしなめるように妻には言って聞かせたけれど、勇吉は妻以上にその監視を恐れていた。