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フロレンス・ナイチンゲールのしょうがい

フロレンス・ナイチンゲールの生涯

宮本 百合子

「婦人朝日」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,310 字 · 21 页

青空文庫

と。

この状態が更に三年もつづいたとき、フロレンスの周囲は、ごくありふれた考えからいくらかずつ彼女に自由を許しはじめた。この風変りな未婚の淑女も、そろそろ中年未婚婦人と呼ばれる方に近くなって来てみれば、匙をなげた意味で、気まかせにさせるあきらめもついたというわけであろう。フロレンスはついにロンドンの医者街、ハーレー街にある私立の慈善病院の監督となることができたのである。

それにしてもフロレンスは何故そのような執着をもって社会衛生に関係した仕事などに情熱を感じたのであろうか。

無責任な幾多の伝記者は、ここであの犬の插話を思い出し、ナイチンゲール嬢の天使の心を描き出すのであるが、現実はもっと強力複雑な動機を時代の空気としてもっていた。その事実は、私たちにとってまじめに理解されなければならない。フロレンスが、物心づいて世の中を眺めはじめた一八四五、六年代は、イギリスがヴィクトーリア女皇の統治の下に近代社会として未曾有の発展をとげた画期的な時期であった。商工業の急激な進歩、産業界全面の革新は一方に大英国の富をつみ上げてゆくと一緒に、その大都会の他の一方に猛烈な勢いで貧民窟と救民院の無力な活動と犯罪率の上昇とをうみ出した歴史的な一時代であった。