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ヘヤーピンいっぽん

ヘヤーピン一本

豊島 与志雄

「人間喜劇」1948(昭和23)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,246 字 · 17 页

青空文庫

そして二人の男をさし置いて、娘を引留めたのである。

娘は進退に窮した様子で、ちょっと腰をおちつけて、両手を握り合している。

「亡くなった人は、仕方がありませんよ。」と岩木は言った。「然しはっきり分って、来られた甲斐があったというものです。生死不明の人が、ここでもずいぶんありますからね。」

「はい。」と娘はまた言った。

久子さんは立っていって、台所から料理物を運んできた。そして娘にすすめた。

「こちらへいらっしゃいよ。疲れたでしょう。なんにもないけれど、あがって下さい。」

娘は臼のように坐りきったまま、食卓へ近寄ろうとしなかった。

「一杯いかが?」

久子さんは盃をすすめた。

「頂けません。」

「そう。ではなにか召上れよ。いま御飯も出来ますから。」

娘は黙っていたが、ふいに顔を伏せ、ハンカチを眼にあてて、泣きだしてしまった。

「どうしたの。」

久子さんが寄り添ってゆくと、娘はますます泣いた。

どうもへんだ。娘が泣きだしたことではない。すべてに於て、なにか調子が狂ったようで、どこが狂ったのか、俺にも分らない。俺はただ酒を飲んだ。

娘は突然、ぴたりと泣きやんだ。眼を拭いた。