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ボニンとうものがたり
ボニン島物語
久生 十蘭
「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页
私は早く船に戻ったが、夜になっても、あくる日になっても、ただの一人、帰って来るものはない。行ってみると、みな成りものの谷間に入っていて、腹が空くと、寝そべったまま、手を伸ばしてそばのものをひき寄せて食っているという……
思いしめられることではありませんか。物があり余るばかりに、何年となく、礫まじりの砂上に鍬を突きたて、汗を流していた名子の働きものが、たった一日で、手のつけられぬ怠け者になってしまった。押しても、突いても、白眼でひとの顔を見あげるばかりで、働くこともしない。
三日ばかりは、黙ってみていてくれたが、いくら異人でも丹精した畑作を、際限なしにやられてはたまらない。マザロというイタリーの人が代表で、島裏から出てきて、ここはわれわれどもの土地だから、すぐ出て行ってくれという掛合いです。この北に、いくらも島があるから、そこへ行ったらよかろうといっている。
移ったのが、さきほどお話した、その島です。木の実は少ないが、蒔けば成る立派な畑地がある。さっそく竿入れをして、播種にかかったが、名子の若いやつや、舟子の陸使いどもが、せっかく無人の島へ来ながら、上から追い使われるのは面白くない。