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ボロやのしゅんじゅう

ボロ家の春秋

梅崎 春生

梅崎春生『ボロ家の春秋』。同一底本的分册已合并为一书。收入:ボロ家の春秋、Sの背中、黄色い日日、記憶、蜆、庭の眺め、凡人凡語。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 页

青空文庫

「便利? そりゃ便利だよ」

彼は忙しく頭を働かせ、別の例を捜した。

「しかし、たとえば、留置場か、棺桶の蓋のような気がする。いや、待てよ。留置場や棺桶は、自分で這入るものではないが」

「そうですよ。あれは這入るものじゃなく、他人から入れられるもんです」

矢木は落着いた声で言った。

「あなたはデパートのエレベーターに乗っても、うっとうしいですか?」

エレベーターと自動車とでは違う。その理由を見つけようとして考えかけたが、途中で面倒くさくてやめた。調子を合わせろとは言わないが、そっけなく落着いているのが気に食わない。話をするのが億劫になったので、彼は座席に深く背をもたせ、窓の外ばかりを見ていた。街並が急に明るくなって、八百屋だの薬屋だのが群れている一郭に出た。矢木が言った。

「とめて下さい。僕はここで降ります」

車がとまり、間髪を入れず自動扉がギイと開いた。矢木がここらに住んでいることは、いつか同車したことがあって、彼も知っている。別に意外ではなかった。

「降りるのかね」

「ええ。では」

また車が動き出した時、彼は頭を後方の窓ガラスにねじ向けた。矢木はこちらを見ずに、歩道を横切り、明るい果物屋の中に入って行く。