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ボロやのしゅんじゅう

ボロ家の春秋

梅崎 春生

梅崎春生『ボロ家の春秋』。同一底本的分册已合并为一书。收入:ボロ家の春秋、Sの背中、黄色い日日、記憶、蜆、庭の眺め、凡人凡語。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 页

青空文庫

まさかその噂を助長させる目的で、そんな恰好をしているのでもないでしょうが、それでも時々、動物を調練する具合に鞭をヒュッと振ったり、口笛をピュウと鳴らしたりするのです。まったく板についた仕種でした。

「あの人の奥さんも、ひょっとすると、サーカス娘だったかも知れないわね」

「あ、そうだ。きっとそうよ。こないだあそこの独木橋を、調子をつけてひょいひょいと渡ったわよ」

「ふん。じゃ綱渡りの要領というわけね」

噂の発生とは簡単なもので、これで猿沢夫人の前身は、すっかり綱渡り娘ということになってしまうのです。

猿沢夫妻の間には、子供が一人あります。まだ赤ん坊です。その赤ん坊に、近頃猿沢佐介は『おあずけ』を仕込んでいるという話でした。赤ん坊の眼の前にお菓子をおいて、そして猿沢がするどい声で、

「おあずけ!」

と命令する。するとその赤ん坊は、出しかけた手を直ぐ引っこめて、おとなしくかしこまるということです。それを見た人がいるというのですから、本当なのかも知れません。この話に対して、部落の人々の間では、これは赤児の基本的人権の無視であるという非難と、さすがはサーカスの元団長だという賞讃と、二つの説に分れていました。