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ボロやのしゅんじゅう

ボロ家の春秋

梅崎 春生

梅崎春生『ボロ家の春秋』。同一底本的分册已合并为一书。收入:ボロ家の春秋、Sの背中、黄色い日日、記憶、蜆、庭の眺め、凡人凡語。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 页

青空文庫

しかし安月給の身なので、毎日毎晩飲むというわけには行かない。五日に一度とか、一週間に一度とか、せいぜいその程度にしか飲めません。どんなに彼は毎晩飲みたかったことでしょう。しかしそれは出来ないことでした。歯を食いしばるようにして『すみれ』の前を通り過ぎ、暗い畠中道を黙々と家に戻ってくる。駅から彼の家まで、五六町ほどもあるのです。この道のりが、別の事情もあって、素面のときには、仲々つらいのでした。

それは、蟹江が猿沢と知合いになった頃、つまり今から二年ほど前のことです。

その時分、そのような貧しい蟹江にとって、猿沢の存在がどう感じられていたか。もちろん近所同士ではあるし、目に立つような恰好をしているから、蟹江は猿沢の顔や名をよく知っていました。どんな職業に従事しているのか知らないが、いつも派手な身なりをして、そこらをぶらぶら散歩したり、しかも毎晩『すみれ』なんかで酒を飲んでいるようだ。得体の知れない、へんな男だな。その程度の感じだったとも言えましょう。しかし、あるいはその頃すでに、彼は猿沢に対して、もっと深い感じを持っていたのかも知れません。つまり、それは言い換えれば、漠然たるわだかまりといったようなものです。