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ボロやのしゅんじゅう
ボロ家の春秋
梅崎 春生
梅崎春生『ボロ家の春秋』。同一底本的分册已合并为一书。收入:ボロ家の春秋、Sの背中、黄色い日日、記憶、蜆、庭の眺め、凡人凡語。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 页
それはまだ、当の久美子にも打ちあけてないのですが、蟹江の胸中に、半年前からはぐくまれていた恋なのでした。それを今更、横合いからうまうまと奪い取られては、全くたまった話ではありません。
『早いとこどうにかしなければならない』
と蟹江は本気で思う。どうにかしなければ、と言うのは、機会をとらえて久美子に結婚を申し込み、夫婦になってしまうということでした。つまり蟹江はその頃、独身だったのです。
三十六歳にもなって独身だというのも、少々わけがありました。実は蟹江にもかつては妻があったのですが、兵隊で五年も外地に引っぱられ、やっとのことで復員してくると、妻は見知らぬ男と一緒に生活していたのです。復員姿のその蟹江にむかって、彼女は平然と言いました。
「なんだ、生きてたの。死んだとばかり思ってたのに。でも、もう遅いわ。ぜんぜん遅刻だわ」
ぜんぜん遅刻だわとは何事だと、蟹江はたいそう腹を立てましたが、もう仕方がありません。そこでこの薄情な先妻を断念して、余儀なく独り身となったのです。独身生活も初めこそさばさばして、楽しいようなところもあったのですが、その中にだんだん侘しくなり、少々やり切れなくなってきたところへ、こんどは『すみれ』