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ボロやのしゅんじゅう

ボロ家の春秋

梅崎 春生

梅崎春生『ボロ家の春秋』。同一底本的分册已合并为一书。收入:ボロ家の春秋、Sの背中、黄色い日日、記憶、蜆、庭の眺め、凡人凡語。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 页

青空文庫

「どちらが早いか、どうして判るんだ」

「こちらは半年前からだぞ。それに僕は真剣なのだ。君のは浮気に過ぎんじゃないか」

「なんだな」と猿沢はぐいと肩をそびやかすようにしました。「君は僕の自由を束縛するつもりだな」

「束縛するつもりではない」そして蟹江は効果をはかるように、一語々々をはっきりと発音しました。「とにかく、僕は、このことを、君の奥さんとも、相談しようと、思うんだ」

猿沢は黙って棒のように立っていました。しめた、と蟹江は思いました。すぐ返事が出来ないのは、相当にこたえたからに違いない。そうにらんだからです。しかし猿沢は、やがて気をとり直したように、大声で笑い出しました。気のせいか、それはなんだか虚勢をはったような響きでした。

「よろしい。君の真剣さは判った」と猿沢は笑いのあいまに言いました。「それほど言うなら、僕は手を引こう。しかしそれには、交換条件がある」

「どんな条件だ?」

「君たちが結婚するとき、僕を仲人に立てること。それがひとつだ」

「ふん。まだあるのか?」

「そうさ。僕の『すみれ』の借金を、君が全部払ってくれるということ。まあそれだけだな」

こんどは蟹江が黙りこんで、月明りのなかに棒杭のように突っ立ちました。