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マクシム・ゴーリキイのでんき
マクシム・ゴーリキイの伝記
宮本 百合子
幼年時代・少年時代・青年時代
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,543 字 · 120 页
しかしながら、二百五十年間に亙ってロシアの大衆の生活を縛りつけていた封建性は実に深く日常の習慣に滲みこんで、家庭内における父親の専横、主人と雇人との関係の専制的なことは、恐ろしいばかりであった。ゴーリキイの祖父の家の生活は、その息づまるような一つの標本なのであった。
こういう幼年時代の暗い荒々しい境遇の中でゴーリキイの敏感な心に一縷の光りと美の感情を吹きこんだのは、祖母アクリーナの一種独特な存在であった。子供の時分は母親につれられて乞食をして歩いたアクリーナ。八つ位からレース編の女工になって素晴らしい腕をもっていたアクリーナは、二十二歳でヴォルガの船夫頭をしていたカシーリンの母親に見込まれて嫁入って来たのであった。祖母は小さいゴーリキイに物語ってきかせた。
「祖母さまのおっ母がそれとなし気をつけておらを観ておったのだ。おらは女工だ。乞食の娘だ。だからおとなしくすべえ。……おっ母というのは錠形パンみたいで悪い心の女であった。口にも云えねえ。……」
だが、この祖母は、自分の辛酸な閲歴の中から慾心のない親切と人間の生活の智慧に対する信頼とを見つけ出して来た稀有な心の持主であった。