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マクシム・ゴーリキイのでんき

マクシム・ゴーリキイの伝記

宮本 百合子

幼年時代・少年時代・青年時代

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,543 字 · 120 页

青空文庫

薄板をかっぱらうことについてゴーリキイは説明する。

「いや、それっくらいのことは取立てて云う程のこっちゃねえ。が、この店で靴や金を盗みでもしようものなら、よしか、お前を監獄へ叩き込んで、大人になる迄出られねえようにしてやる!」

ゴーリキイは、一層主人がいやになった。玄関番をして立ちながら、観察する商売の作法も彼の性に合わなかった。番頭は婦人客の前へ跪き、妙な恰好に指をひろげて靴の寸法を計る。婦人客の足にさわる時は、まるで、今にもその足がこわれるかと思うように大切に扱う。ところが「その女の足ときたら――太くてまるで撫で肩の徳利を逆にしたようだ。」

時によると、女客が仰山な声で、

「あら、いやだ。擽ったいわ!」

などと叫んだ。

「どう致しまして! これは……その、丁重に致しましたんで……」

或る日のことであった。主人やサーシャが店の裏の小室にいて、店に番頭が一人女客を対手にしていた時、番頭は赫ら顔のその女客の足にさわって、それを摘むように接吻した。

「マア……」溜息をついて「何て人でしょう!」

「そ、その……」

そっと腕を掻きながらその光景を眺めていた小僧ゴーリキイは、思わずふき出して、笑いすぎ、足許がふらついて扉のガラスを一枚こわしてしまった。