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マクシム・ゴーリキイのでんき

マクシム・ゴーリキイの伝記

宮本 百合子

幼年時代・少年時代・青年時代

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,543 字 · 120 页

青空文庫

が出来てしまった。ゴーリキイの一年六留の給金は祖父がとっていた。ゴーリキイには金の出どころがない。貸本屋の汗かきで唇の厚い、白っぽい主人は、ゴーリキイの困りはてた云いわけを聞き終ると、脂ぎって腫んだ手をゴーリキイの前に突出して云った。

「この手に接吻しな。そうしたら待ってやろう!」

物も云わず、ゴーリキイは机にのっていた分銅をとって、主人目がけて振り上げた。主人は平ったくなって叫んだ。

「な、なにをするんだ――冗談じゃないか!」

冗談に云ったのではない。それは分っている。いやらしい貸本屋と手を切るためにゴーリキイは五十哥だけ盗むことにきめた。三日ばかりというものゴーリキイは深くこの計画で苦しんだ。いつか主人が、妻や婆に反対して「この子は盗みなんかしないさ。ちゃんとわかっている」その言葉が甦って、ゴーリキイの手を縛るのであった。ゴーリキイは平常の顔色をなくして来た。それに心付いたのは一家の中で少しは人間らしいところのある主人であった。

「ペシコフ。お前元気がなくなったぞ。体がわるいのか?」

ゴーリキイは、自分の困っているあらいざらいをぶちまけた。

「それ見ろ、本なんぞ読むからこんなことになるんだ」