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ラクダイよこちょう
ラクダイ横町
岡本 良雄
「銀河 3巻2号」新潮社、1948(昭和23)年2月
N4 · 入门 · 新字新假名 · 6,189 字 · 13 页
ラクダイ横町という、へんなあだ名の横町が、大学の近くにあった。きっさ店や、カフェーや、マージャンクラブなどがのきなみにならんでいて、少年は、その中のオリオン軒というミルクホールに働いていた。少年の名は、いのきちといった。
いのきちは、山で生まれた。湖の上を流れるきりをおっぱいとしてのみ、谷をわたるカッコウの声を、子もり歌にきいて、大きくなった。
駅までいくのに、二時間もあるかねばならなかったし、その駅から汽車にのって、日本海にでるのに三時間、また、南にむかって、太平洋を見ようとすれば、たっぷり一日がかりというような山おくであった。ちょうど、いのきちの生まれた朝、おじいさんが、うらの谷で大きなイノシシをうちとめたので、その記念に、いのきちという名をつけられたのだという。そんな山の中でそだったのだから、五年生の春の遠足で、はじめて日本海を見たときに、いのきちたちは、どんなにおどろいたことだろう。
「これが、海だよ。」
と、先生がいわれた。
「この海が、ずっと、むこうのロシアにつづいている。」
こういいながら、波うちぎわに立って、遠い、はい色の空を指さしておられた先生のすがただけを、はっきりおぼえている。