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レモンのはなのさくおかへ

レモンの花の咲く丘へ

国枝 史郎

「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页

青空文庫

の曲でござりました。(間)やがて母の体はその音楽家の両手の中に埋もれました。(間)二人は抱き合ったまま海に臨んだ断崖へ昇って参ります。ああ、ああ、あの夜の物凄く、神秘に充ち充ちた有様と云うものは……空の光に迷う梟の声、海の波間で閃めく夜光虫、遠い遠い沖の方から、何者とも知れぬ響が幽に起こり、暫して鳴り止みますと、後は森然としています。……丁度、今夜のようにものごとが密やかに見られる晩でござりました、(間、四方を眺め)丁度、今夜のような。(海の遠鳴聞こゆ)

女子 (四方を見廻し)体がぞくぞくと寒くなって参りました。恐いお話でござりましたこと。……ほんに今夜は気味の悪い晩でござりますこと。……そして、何者か、迫って来るように。……

公子 あの晩は丁度今夜のように、室には燈火一つ無く、窓の外ばかりが青海の底のように冴え冴えとした沈んだ光で取り巻かれておりました。じっとしていると、何者か背後から迫って来はしないかと思われて、そっと振り返って見たいような、おびやかさるる晩でござりました。丁度今夜のように……

女子 (卒然と背後を振り返り)ああもう、そんなことはおっしゃらずにいて下さいまし。