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ウィタ・セクスアリス
ヰタ・セクスアリス
「昴」1909(明治42)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 页
夕かたになると暇乞をして勝手の方へ行く。そして下駄を穿いて出て、戸を締める音がするまで、僕は耳を欹てている。そしてその間の時間が余り長いように思う。彼は帰り掛けて、僕の呼び戻すのを待っているのではないかと思う。僕の不安はいよいよ加わって来たのである。
その頃僕はこんな事を思った。尾藤裔一は鋭敏な男ではない。しかし彼は父親の処にいる時も、伯父の処にいる時も、僕の内とは違う雰囲気の中に栖息していたのである。そこで一寸茶を持って出ただけのお蝶の態度を見て、何物かを発見したのではあるまいかと思った。
或日お母様がお出なすった。僕は、もう向島は嫌になったから、小菅に帰ろうと思うと云った。お母様は、そんな事なら、何故葉書でもよこさなかったかと仰ゃる。僕は、切角手紙を出そうと思っていた処だと云った。実はお母様のお出なすったのを見て、急に思い附いたのである。僕はお母様に、お蝶と植木屋のものとに跡を片附けさせて帰って下さるように頼んで置いて、本を二三冊持って、ついと出て、小菅へ帰った。
お蝶の精神か神経かの情態に、何か変ったことがあったかどうだか、恋愛が芽ざしていたか、性欲が動いていたか、それとも僕の想像が跡形もない事を描き出したのであったか、僕はとうとう知らずにしまった。