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ひとつのできごと

一つの出来事

宮本 百合子

「大観」1919(大正8)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,024 字 · 23 页

青空文庫

暫く、困るな、困るなと呟いていたが、やがて地下室へ降りて、三四寸幅の板切れを一つ見付け出して来た。

「何になさる?」

私はつい彼に気の毒なような声を出してしまった。まだすっかり心の動揺が落付いてしまわなかったのである。

「これ? これで三階へ上れないようにするんです」

「上れないように? どうやってなさるの」

「大丈夫巧く出来るから見ていらっしゃい、あなたが気に入らなければ除(どけ)るから好いでしょう」

「だって、変じゃあないの、それじゃあ私はどうして上るの!」

彼も黙ってしまった。私も黙ってしまった。黙ったまま彼が長さを計って鋸を当てる木片を見ていた。見ているうちに、私の心の底には、殆ど堪らないほど醜いという感じが湧き上って来た。醜い! ほんとに厭なことだ。一構えの家の中でありながら二階と三階との間にこんな仕切りを拵える……拵えさせるようなことをする人達!

かなり激しい激動(ショック)を感じたすぐ後の私の心は、この二重の厭わしさに、殆ど目が眩むような醜陋(しゅうろう)を感じずにはいられなかったのである。彼等と自分達と相方に対する道徳的羞恥ともいうべきものが、ぐんぐんと私の胸に込み上げて来る。