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ななかいのじゅうにん
七階の住人
宮本 百合子
「文芸春秋」1926(大正15)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,128 字 · 15 页
伸子は、豊子と並んで歩きながら云った。
「私不愉快になっちゃったわ、何だか」
豊子は、冷静な表情で伸子を見た。
「――誰も好きな人はいないわ」
「デリカシーだの何だのって云う癖に、ああいうことは平気なのね、厭だわ」
ミス・ハウドンは、学生達を集め、最近必要と思われた種々の注意を与えた。人目を牽くから門のところに何時までも立っていてはいけないとか、たとい大好きな人とでも cheek to cheek dance は踊らない方が見よいとか。一つあっちこっちで忍び笑いを起した注意があった。よく愛人に誘われて芝居や夜会に出かける人がある。十二時過て帰って来るのはよいが、広間まで相手に送りこまれても別れきれず、隅っこに立ってまたそれから永いこと囁いたり、何かしている。それはどうもいい癖とは云えない。
「それまでにたっぷり楽しんでいらっしゃるのですから、これからそれは誰でもやめて下さい。玄関にいるミスタ・ワーボーンにしたって多分余り嬉しくはないでしょうしね」
ワーボーンは、六時頃から玄関番を勤める、クレマンソーのような髭の、大きな爺さんであった。彼は、つい傍で、幾組もの若者たちが縺れ合っているのを擽(くすぐ)ったく感じながら、その堂々たる髭をぴくりともさせず、帰舎時間の記入された外出簿を眺めて坐っていなければならない。