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かんばやしからのてがみ

上林からの手紙

宮本 百合子

「サンデー毎日」1936(昭和11)年11月15日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,762 字 · 6 页

青空文庫

花じるしばかりで顔や眼のない人間の群は眺めていて悲しみを感じさせた。

善光寺では本堂の横手に「十銭から御普請のお手伝いを願います」と立札を立てている。お札所のようなところで御屋根銅板一枚一円と勧進している。銅板に墨で住所氏名を書いた見本が並べられている。モーニングを着て老妻をつれた年寄の男が、紋付羽織の案内人にそこへ惰勢的に引こまれている。

小豆島の村にも八十八ヵ所のお札所があり、そこの第一番のお札所を建て直すとき、やっぱりこういう風に、屋根瓦一枚十銭、銅板一円と勧進したそうである。お金を出したひとは、みんな自分の名が書かれている瓦や銅で、寺が建立されると素朴に信じているのであろう。しかし、瓦や銅板に墨で書かれた住所や氏名は、程なくそれを書いた者の手で苦もなく洗われてしまったのである。

こうして、蚕を飼ってため、糸をひいてためたへそくりを微妙な道ゆきで吸いとられつつ、人々は渋の温泉や上林の電鉄ホテルにのぼって来て一泊をする。

温泉場を貫いて往復する自動車は、どれも泥よけをつけていない。長野県ではそれでよい規則なのかしら。おとといのような泥濘になると、おそろしく泥の飛沫をはじきとばす。