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ふざいじぬし

不在地主

小林 多喜二

一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页

青空文庫

歩いて行くのに従って、蛙が鳴きやみ、逆に後の方から順々に鳴き出した。

「どうした?」

「……………」

「ええ?」

「……………」

だまっている。ひょいと見ると、闇の中で白い横顔がうつむいていた。

「川の方さでも行ぐか?」

「……………」

川の方へ曲がると、矢張りついてきた。悪戯をして、一寸つッついても、何時でも身体をはずませて、クックッと笑いこけるのに、顎をひいて、身体をコッちりさせている。女に黙られると、もうかなわなかった。――途中の家々では窓をあけて、「蚊いぶし」をやっていた。腰巻一つの女が、茣蓙の上へ、ジカにゴロゴロしているのが見える。――暑苦しい晩だった。

河堤に出る雑草を分けて行くと、細身の葉が痛く顔に当った。何処かで、ヒソヒソ声がする。――そんな組が二つも、三つもあった。二番草を終って、ここしばらく暇だった。

堤に出ると、すぐ足の下の方で、話し合っている大きな声と一緒に、ザブザブと馬を洗っているらしい音がした。踏みの悪い砂堤に足を落し、落し出鼻を廻わると、河原で焚火をしていた。――夜釣りの魚を集めているらしく、時々燃えざしを川の真中へ投げた。パチパチと火の粉を散らしながら、赤い弧を闇にくっきり引いて、河面へ落ちると、ジュンと音をたてて消えた。