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ちちをさす

乳を刺す

邦枝 完二

黒門町伝七捕物帳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,474 字 · 35 页

青空文庫

ついては深夜、由利どのと忍び逢うやくそくなりしをさいわい、伊吹屋へまいり、眠る由利どのを一刺しにいたし申し候。この身もその場にて、死するつもりに候わしかど、病父に引かれて立ちかえり時移るうち、早くも調べの手はのびて、万事休し申し候。取調べの町人は情けある人とて一夜の猶予を与えられ候まま、父に手あつく仕えし上、暁け方眠りにつくを待ちて玉の緒を絶ち、返す刀にて自らも冥途の旅に上り候。あの世には悩みも恨みもこれあるまじく、父の手を執りて由利どのを追い、共に白玉楼中の人となるが、いまはの際の喜びに御座候。

「おいお俊。やっぱり二人は、おめえの云ったような間柄だったんだなア」

「あたしには、判りませんけれど、その書置きを聞いていて、つい泣いてしまいましたよ」

岩吉へ茶を持って来たお俊は、袖口を眼に当てた。

「親分は、あっし達が、常吉をしょっ引いた時、もう袖ノ井に当たりをつけておいでなすったんでござんすか」

「いいや、そうじゃねえ。ただ乳房を一刺しにした腕前は、町人にゃ、ちょいと難しいと思っただけだ。真斎の話を聞いているうちにこいつア袖ノ井だと、はっきりと判ったが、使いを寄越されてみると、一晩だけア騒がねえで、その最後を浄くさしてえと、黙って手を束ねていたわけだ。