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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

多計代は、ちらりと、あのひとも若いもんだから、ともらした。それは暗示の多い一言であった。越智は母に、男が女に求める肉体的な求めを、何かの形で出したのではなかろうか。いつか、越智が、もし現在の細君をもっていなかったら、多計代に求婚しただろうといったことを、多計代は伸子に告げたことがあった。いくらかずつ伸子にもわかりかけて来た。

「ね、お母様、越智さんは、お母様になにか特別なことを求めたの?」

「…………」

多計代は肯定も否定もしなかった。ただ、まぶたいっぱいになってきた涙が、頬にこぼれかかった。若くない、けれども繊細ななめし革のような不思議な艶のある滑らかな頬に涙の粒を光らせながら、指環のはまった手をとられたまま、娘の目のなかをじっと見つめている多計代の顔じゅうに、のっぴきならない苦悩があった。その苦悩は伸子の若い顔にもてりかえした。越智が何かを多計代に求めたことは事実であり、それに対して多計代がすぐには応じられなかった心持があることを、女としての伸子は理解したのであった。

伸子の心に涙がにじんだ。越智にひきつけられている母を、伸子はつよい反感をもって見て来た。