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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

そして、お辞儀をして出て来た。

「お待ちにならずに、とおっしゃいました」

伸子は、涙がつき上げて来そうになった。

「すまないけれど、もう一ぺん行って頂戴。待っていますからって――」

元気に階段を降りて来た保が、敷居ぎわで立ち止まった。大食卓の上に、向い合いに淋しく二人だけおかれている食器を見下しながら、歩調をかえて、のろい足どりで入って来て席についた。

「お母様と一緒にたべましょうよ、保さん」

伸子はつよく訴えるように弟にいった。

「その方がいいわ」

「僕、どっちでもいい」

保はこういう生れつきなのであった。

女中が母の分を盆にのせて運んで来た。

「いらっしゃるって?」

「はい」

おつゆが段々冷えていった。そのときになってやっと客室のドアがあいた。同時に、

「おや、こっちは冷えること……」

ひとりごとのようにいう多計代の声がした。

小紋の羽織の袖口を、胸の前でうち合わせるような様子で入って来た多計代を見て、伸子は圧倒される自分を感じた。皮膚の滑らかな多計代の顔は、ふっさりした庇髪の下に上気して匂うような艶をたたえている。いつもより、しばたたかれるまつ毛はひとしおこまやかで、多計代の大柄な全身から、においのいい熱気がかげろい立っているようにさえも見える。