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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

その横通りには、昔から屋敷の間にはさまって、日本橋の方に店をもっている有名な書籍文具店のインク製造工場があった。丁度そこがひけどきで、小さい銀杏がえしや束髪にした少女の女工たちが、伸子のゆく細い道を群れて来てすれちがった。昼ごろには、その細い道に向って開いた工場の門のよこてに、年よりのおでんやが屋台車をひいて来て止っているのをよく見かけた。すると工場の中から、かたあげのある紺木綿の筒袖をきて、同じような紺木綿の前かけをかけた少女の女工が、てんでに皿や小鉢をもって、椎の大きい枝の下に店を出しているおでんやのおじさんを囲んだ。しかし、少女たちはそこに立ったまますぐたべたりしないで、行儀よく、おでんを買った皿や小鉢をもって、また建物の中へ戻って行った。伸子が、子供だったころは、その工場のビンを一杯並べた仕事場の入口に佇んでながいこと見物していても格別おこられもしなかった。インクが紺色だから、そこで働く小さい女工たちも肩上げのきものに紺の前かけをさせられているにちがいない。

外国へ行こうとしている伸子の心には、見なれたその通りの夕暮の光景や、ゆきちがう小さな女工たちの姿が永年見なれている界隈の生活だけに印象ぶかく迫った。