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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

多計代は東北の田舎からまだ帰っていず、父ひとりの動坂の家を思うと、伸子は、素子を誘ってゆくにいい折だと思った。

「一緒に行かない?」

旅券のことについて父にたのむのは、伸子の分ばかりでなかった。素子も行って会えば、たのまれる父の気持もよかろう。伸子は、そう思ったのであった。

「さあ……」

素子としても、同じように考えるらしく、行ってもわるくなさそうにしていたが、

「まあ、やめとこう」

皮肉な苦笑を浮べた。

「お母さんの留守には来るんだね、なんていわれちゃ、ちょいと癪だからね」

伸子たちが老松町の家に住んでいたとき一二度、それからこちらへ越して来てからも二度ばかり、多計代が訪ねて来たことがあった。和一郎をつれたり、つや子をつれたりして。そのときは、素子も仕事をやめて一行をもてなした。けれども、多計代は、一度も改まって娘と一緒に素子を動坂の家へよぶことはしていないのであった。

「わたしは、いずれお父さんの事務所へでも伺うから、よろしくいっておいとくれ」

秋の夕暮れらしい渋谷の雑沓のなかを、伸子は気をせいて、二つの電車をのりかえ、家のある高台に向う坂道をのぼって行った。