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にじゅういち

二十一

坂口 安吾

「現代文学 第六巻第九号」1943(昭和18)年8月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,877 字 · 21 页

青空文庫

僕は悟りをひらこうとして大いに忙しい時だからコヅカイなどは一文もいらず失敬されても平気であったし、第一失敬されたことは五六年あとに気がついたので、その頃は知らなかった。婆やは兄貴に不平満々、尤も僕は悟りに没頭忙しいから、婆やのグチなど相手にならぬ。クニの者が上京すると婆やは終日兄貴の不平を訴える。僕への不平はついぞ洩したことのない婆やであったが、板橋の中丸の引越しには、遂に終生ただ一度の不平を僕の母に洩したという。つまり、人家のある所まで二三十分かかるので御用聞きが来てくれないから、どうしても買い物に行かねばならぬ。もう腰の曲った婆やにはこの道中が骨身にこたえる難儀であった。然しこの不平を洩したのは、愈※(二の字点、1-2-22)この家も引越しという時のことで、早く僕に言ってくれれば、不自由はさせなかったものを。

睡眠不足というものは神経衰弱の元である。悟りをひらこうという青道心でも身体の生理は仕方がない。僕は昔の聖賢の如く偉くないから、睡眠四時間が一年半つづくと、神経衰弱になった。パーリ語の祈祷文を何べん唱えても精神益※(二の字点、1-2-22)モーローとなり、意識は百方へ分裂し、遂に幻聴となり、教室で先生の声がきこえず幻聴や耳鳴りだけが響くのには大いに迷惑した。