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にじゅうしのひとみ

二十四の瞳

壺井 栄

「ニューエイジ」1952(昭和27)年2月1日~11月1日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 113,429 字 · 227 页

青空文庫

「あ、ようやっと晴れだした」

まだ十二、三と見える船頭は、小さなからだ全体を動かして櫓を押しすすめながら、まだ遠い岬の村に眺めいった。目ばかりかがやいているようなその男の子に、同じように岬の村に目を見はっていた女は、いとおしむような声で話しかけた。

「岬、はじめてかい、大吉?」

みかけによらず、若い声である。

「うん、岬なんぞ、用がなかったもん」

ふりかえりもせずに答えた。

「そうじゃな。お母さんでさえ、ずっとくることなかったもんなあ。岬というところは、そんなとこじゃ。あれから十八年! ほう、ふた昔になる。お母さんも年よせたはずかいな」

なんとそれは、大石先生の、ひさしぶりの声と姿である。今日、彼女は十三年ぶりの教職にかえり、しかも今、ふたたび岬の村へ赴任するところなのだ。まえには自転車に乗ってさっそうとかよっていた先生も、今ではそんな若さがなくなったのであろうか。ところが、そうばかりではなかったのだ。戦争は自転車までも国民の生活からうばいさって、敗戦後半年のいま、自転車は買うに買えなかった。岬へ赴任ときまったとき、はたと当惑したのはそれだった。途中まであったバスさえも、戦争中になくなったまま、いまだに開通していない。