轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

じんせいろんノート

人生論ノート

三木 清

下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页

青空文庫

主観主義者は、どれほど概念的或いは論理的に装おうとも、内実は感傷家でしかないことが多い。

あらゆる情念のうち喜びは感傷的になることが最も少い情念である。そこに喜びのもつ特殊な積極性がある。

感傷には個性がない、それは真の主観性ではないから。その意味で感傷は大衆的である。だから大衆文学というものは本質的に感傷的である。大衆文学の作家は過去の人物を取扱うのがつねであるのも、これに関係するであろう。彼等と純文学の作家との差異は、彼等が現代の人物を同じように巧に描くことができない点にある。この簡単な事柄のうちに芸術論における種々の重要な問題が含まれている。

感傷はたいていの場合マンネリズムに陥っている。

身体の外観が精神の状態と必ずしも一致しないことは、一見極めて頑丈な人間が甚だ感傷的である場合が存在することによって知られる。

旅は人を感傷的にするという。彼は動くことによって感傷的になるのであろうか。もしそうであるとすれば、私の最初の定義は間違っていることになる。だがそうではない。旅において人が感傷的になり易いのは、むしろ彼がその日常の活動から脱け出すためであり、無為になるためである。