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じんせいろんノート

人生論ノート

三木 清

下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页

青空文庫

生活の技術も同様である。どこまでも生活の中にいてしかも生活を超えることによって生活を楽しむということは可能になる。

娯楽という観念は恐らく近代的な観念である。それは機械技術の時代の産物であり、この時代のあらゆる特徴を具えている。娯楽というものは生活を楽しむことを知らなくなった人間がその代りに考え出したものである。それは幸福に対する近代的な代用品である。幸福についてほんとに考えることを知らない近代人は娯楽について考える。

娯楽というものは、簡単に定義すると、他の仕方における生活である。この他とは何であるかが問題である。この他とは元来宗教的なものを意味していた。従って人間にとって娯楽は祭としてのみ可能であった。

かような観念が失われたとき、娯楽はただ単に、働いている時間に対する遊んでいる時間、真面目な活動に対する享楽的な活動、つまり「生活」とは別の或るものと考えられるようになった。楽しみは生活そのもののうちになく、生活の他のもの即ち娯楽のうちにあると考えられる。一つの生活にほかならぬ娯楽が生活と対立させられる。生活の分裂から娯楽の観念が生じた。娯楽を求める現代人は多かれ少かれ二重生活者としてそれを求めている。