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じんせいろんノート

人生論ノート

三木 清

下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页

青空文庫

もしそれがつねに確実なものであるとすれば、何故にひとはその直観に止まらないで、なお論理を必要とするであろうか。確実なものの直観があるばかりでなく、不確実なものの直観があるように思われる。直観をつねに疑うのは愚かなことであり、直観をつねに信じるのも至らぬことである。そして普通にいわれるのとは逆に、感性的な直観がそれ自身の種類において確実なものの直観であるのに対して、知性的な直観の特徴はむしろ不確実なものの直観に存するようにさえ思われる。確実なものの直観は――感性的なものであるにせよ、超感性的なものであるにせよ、――それ自体においては論理の証明を要しないのに反して、不確実なものの直観――懐疑的直観もしくは直観的懐疑――こそ論理を必要とするもの、論理を動かすものである。論理によって懐疑が出てくるのでなく、懐疑から論理が求められてくるのである。かように論理を求めるところに知性の矜持があり、自己尊重がある。いわゆる論理家は公式主義者であり、独断家の一つの種類に過ぎない。

不確実なものが確実なものの基礎である。哲学者は自己のうちに懐疑が生きている限り哲学し、物を書く。