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じんせいろんノート
人生論ノート
三木 清
下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页
習慣が自然と見られるように、精神の形といっても同時に自然の意味がなければならぬ。習慣は単なる精神でも単なる身体でもない具体的な生命の内的な法則である。習慣は純粋に精神的といわれる活動のうちにも見出される自然的なものである。
思惟の範疇というものをヒュームが習慣から説明したのは、現代の認識論の批評するように、それほど笑うべきことであるかどうか、私は知らない。範疇の単に論理的な意味でなくてその存在論的な意味を考えようとする場合、それを習慣から説明するよりも一層適切に説明する仕方があるかどうか、私は知らない。ただその際、習慣を単なる経験から生ずるもののように考える機械的な見方を排することが必要である。経験論は機械論であることによって間違っている。経験の反覆ということは習慣の本質の説明にとってつねに不十分である。石はたとい百万遍同じ方向に同じ速度で投げられたにしてもそのために習慣を得ることがない、習慣は生命の内的な傾向に属している。経験論に反対する先験論は普通に、経験を習慣の影響の全くない感覚と同一視している。感覚を喚び起す作用のうちに現われる習慣から影響されないような知識の「内容」